2018年、人間の形を取り戻すうちにできるようになったことをひとつずつ書いていく連載その3です。
掃除のできる環境を手に入れる
顔を洗う習慣のなかった人間が掃除する習慣あると思います?
そもそも掃除は「掃除をする場所」がないとできないんですよ。「掃除をする場所」っていうのは、何も置いてない床とか、置いてある場所まで歩いて行ける家具とか、そんな感じです。
足の踏み場もない状態で掃除はできません。一応ひとり暮らしを始めたあとに限定して言いますが、私の部屋が掃除のできる状態だったことはこの10年近く一度もありませんでした。
まずゴミ箱がとりあえず鼻かんだティッシュを入れるためのひとつしかなかったので、分別の必要なペットボトルやプラ容器なんかはそのへんに放置するか、なんとか袋に入れて放置です。ゴミを出さねばとなったときに慌てて部屋中から拾い集めるなどします。
部屋のモノには居場所が必要ですが、それはゴミも同じです。
ゴミ箱という居場所がなければ、とにかく四方八方に散乱していくのです。袋に入れてもやっぱり袋に入った状態で散乱していきます。
大きいゴミ箱は狭い部屋には置く場所がないと買うのを渋っていたのですが、幸い下駄箱の下段がわりと広く、大きめのゴミ箱をおさめることができたので今はそこに3つゴミ箱を並べています。
「ゴミをゴミ箱に入れる」というのは「モノに居場所を作る」ことの一部ですが、そういうことができると部屋の床があっという間にゴミで埋まらなくなります。
それでやっと掃除のできる環境を手に入れたわけです。
ぴったりくる生活
ちょっと話がそれますが、ひとり暮らしが成り立たなくなって一時期同居していた姉が……良い言葉が見つかりませんが、非常にせせこましいひとでした。
10Lのゴミ袋がぴったり合うはずのゴミ箱に「毎回出せばこれで十分だから」と言って5Lのゴミ袋を引っかけて使ったりするのです。
理不尽なことをしているわけではありません。彼女の生活はそれでよかったのでしょう。
でも私は生活の端々に現れるそういった違和感や、足りていない感じ(食事も質、量ともに常に足りていなかった)でこつこつとストレスをためていきました。
面倒をみてもらっている立場なので文句も言えません。それでもう一度ひとり暮らしに戻ることに決めたのです。
ひとり暮らしに戻って1年近く、非常にすさんだ生活をしましたが、それでも一切後悔はしませんでした。開放感しかなかった。日常と化したストレスからは離れないとその存在に気づくことすらできないのです。
せめてもう少し「家族と話をする」スキルがあったら違ったのかもしれませんが、私の育った場所に健全なコミュニケーションというものは存在しなかったので、家族とは我慢を強いるものでしかないのです。
ゴミ箱を買ってしばらくはちょうどいいサイズのゴミ袋がなく、しぶしぶ小さいゴミ袋を引っかけて使っていたのですが、それが全く不便で大きなストレスだったことに、ちょうどいいサイズのゴミ袋を使って初めて気づきました。
助けてくれる家族に感謝することと、その呪縛から抜け出すことは、全然別の話です。
捨てる、把握する、場所を決める
さて、掃除をするためにはモノに居場所が必要です。居場所の定まらないモノがとにかく散乱している状態では掃除はできません。
そこで、自分が持っているモノをすべて把握しておく必要があります。私は長いこと「これならこのへん掘れば出てくる」という把握のしかたをしていましたが、もちろんそうではなくて、モノの山を掘る必要のないようにしないといけません。実体験から言うと、モノの山は常に流動していて「このへんに埋まっているはず」のモノが遠く離れた場所に流れ着くことは日常茶飯事です。
まず明らかなゴミを捨てます。これだけでだいぶすっきりします。気力のないうちはここまででも十分だと思います。
「いるモノといらないモノを判断する」ことには精神力がいりますし、うっかりいるモノを捨ててしまうことだってあります。なるべく気力が十分なときに時間を決めて集中してやるほうがいいと思います。
そうして、自分に把握できる量、収納に収まる量までモノを減らして初めてモノの居場所を決めることができます。
私もまだまだ途上なのでたいしたことは言えませんが「持っているモノにアクセスできる、使うことができる」ということは感動的な体験です。
モノは死蔵しているうちは全部ゴミと同じです。どんなに価値のあるモノ、好きなモノでも、手に取って使うことができなければ場所ふさぎなだけです。
美しい部屋や素敵な部屋を目指す必要はないけれど、なるべく便利で使いやすい部屋のほうがいいと思っています。